命のつながりの先に、わたしたちはいる

様々な問題処理のため、
わたしは日本に向かいました。

相変わらず、
わたしの中には二つの全く違うわたしが混在していました。
問題が大事にならないようにと、
不安と祈りでビクビクしているわたし。

その一方で、日本でどの日本酒飲もうかなぁ、
友達にもいっぱい会いたいなぁ、温泉も行きたいな、
と呑気に旅行気分のわたし。

いや、破産するかもしれないのよ?
温泉とか言ってる場合じゃないでしょ・・どう考えても・・

と自分にツッコミを入れながらも、
そのコントラストを不思議さと興味深さで眺めていました。

半々だった不安や恐怖と呑気さでしたが、
日が経つにつれ、呑気さの割合が増していきました。

問題はまだ何も解決していない、
でも絶対的な安心感だけが増していくようでした。
でもその安心感自体が不安(笑

頭の中では、
「そんな呑気な気分になっちゃだめ!」
と叫ぶ声がしているのに、もう一方のわたしは
「大丈夫。最悪のことが起きたとしても、
きっとなんとかなる。根拠はないけど」
と、頭の声をなだめているような感覚でした。

結果から言うと、いくつもの問題は嘘のように解決していきました。
まだ少し残っているものはあるけれど、
破産どころか、出費もかなり限定的で、
大きな影響はほとんどありませんでした。

今振り返ると、頭よりも身体のほうが、もっと先を知っていた、
そんなふうに思えてなりません。

そして、この時期のわたしの記憶にいちばん残っているのは、
問題が解決していったことそのものより、
命の連なりのあたたかさを感じたことでした。

知り合いが誰かを紹介してくれたり、
そこで出会った人がまた信頼できる方だったり。
とにかく、関わる人たちがみんな優しくて、頼もしくて、
わたしは毎日のように感動していました。

でも、その人の優しさや頼もしさの奥には、
その人ひとりの人生だけではない、
もっと長い命の時間が流れているように感じられたのです。

2年前の無気力期から、
わたしは不思議な静けさの中にいました。

夕日を眺めながら日本酒を味わって飲む、
小鳥の声を聞きながら微風を感じる、
それだけで、必要なものは全てあると感じていました。

人間関係も数人の大切な人とときどき会えたらそれで十分。

孤独ではなく、満たされた気持ちで過ごしていました。
「一人の方が楽」と言うより、
「静寂がいちばん豊か」な時期だったのだと思います。

まあ、この時も、
こんなことで幸せ感じてていいの?大丈夫?
って頭の声が聞こえてはいましたが。

そんなわたしが、今回の日本では毎日泣きそうなくらい、
人とのつながりに感動していました。

そしてその頃、世界の見え方にも少し変化が。

うまく言えないけど、目の前にいる人を見ると、
その人の後ろに、何百という人たちの存在が見えるような感じがしたのです。
背後霊とか、そういうのじゃないですよ。

その人がここにいるのは、数えきれないご先祖さまたちのおかげ。
わたしがここにいるのも同じ。
そして、わたしがこうして誰かに助けてもらえるように育ってきたことも、
代々の命のつながりの中にある。

そして、それはすべての人に言えることで、

コンビニの店員さんも、道端のガードマンのおじさんも、
すれ違うだけの誰かさんも、
みんな気の遠くなるような時間と命の繋がりの先に、今ここにいてくれる。

そう思うと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
「存在してくれて、ありがとう」

わたしは、自分というひとつの存在として生きているつもりでいました。
でも本当は、もっと大きな命の流れの中にいて、
長い時間をかけて育ってきた結晶の、
ほんの一部を今ここで担当しているだけなのかもしれない。

そう思うと、
なんで「なんとかしなくちゃ!」と力んでいたんだろう、
と肩の力が抜けたのです。

会う人にも、すれ違う人にも、
心の中で頭を下げたくなるような気持ちでいっぱいになりました。

「世界は優しい」
このとき、何度も心の中でそう呟きました。

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