記憶を遡ってみると、
さまざまな変化が訪れる最初のきっかけとなったのは、
この頃だったように思います。
ちょうど50歳を迎えたばかりの夏でした。
わたしは、母が亡くなって以来、
毎年1〜2回日本に一時帰国していました。
父が一人暮らしをしていたので、
孫たちを連れて1〜2ヶ月ほど滞在していました。
食事の世話、家事、父が孫たちと機嫌よく過ごせるように
自分なりに気を配りながら。
子どもたちにも、日本でいろんな体験をさせてあげたくて、
時間を見つけては、あちこち連れ出す日々でした。
毎年やってきたことなので慣れていたし、
この年も同じはずでした。
7月終わりに日本を去り、
家庭菜園の野菜を育てたりしながら、
のんびりペースの生活に戻りました。
この夏も楽しかったなぁ、と思うのと同時に、
この夏も任務完了!という安堵を感じながら。
そして、9月。
子どもたちの新学期が始まったタイミングで、
急に電池切れ・・・。
なにが起こった、わたし?
突然、何もかもどうでもよくなってしまいました。
何も考えたくない、
何もしたくない。
朝お弁当を作って子供たちと夫を送り出し、
食器もそのままにベッドに戻る。
昼頃にふらっ〜と起きて、
とりあえず片付けと掃除だけして、
ご飯を食べて、
また寝る。
気付けば夕方。
最低限の家事と食事以外は、ひたすら寝ていました。
人間ってこんなに眠れるんだ、と変なところで感心しながら。
食べては寝て、食べては寝て
それだけの2ヶ月間。
毎年同じことをしていたのに、今年だけ身体が違いました。
今思えば、更年期の入り口だったのかもしれません。
ある日、何気なく鏡を見てショックでした。
ボサボサの髪、
色味のない顔、
潤いのない肌。
「何これ・・」
情けない、というより、自分に申し訳ないような気持ちになって、
気づいたら鏡の前で泣いていました。
「ごめんね、ごめんね」と自分に何度も謝りながら。
泣きながら、気づいたことは、
若い頃はそれなりに好きなこともしてきた。
周りからは自由人と思われてたかもしれない。
でも、いざとなれば親優先、子育て中は子ども優先、
自分のことは、いつだって後回しにしていい存在として扱ってきた。
人には絶対言わない言葉を、
私は自分にだけ、ずっと言ってきたことにも気づきました。
「あなたがやればいいでしょ」
「まだできるでしょ」
「あなたがやらなきゃ誰がやるの?」
「あなたが我慢すれば収まるんだから」
正直、どこかで思っていた気がします。
私がいないと回らない、って。
私がやらなきゃ、って。
そういう役割に、どこかで自惚れていたのかもしれないな。
それでも
病気もせず、わたしの身体はしっかり機能してくれていました。
妙に繊細なところもあるけど、
身体も心も意外とタフだったりするから、それに甘えて、
さらに平気で自分をないがしろにし続けていたんだな。
そのことに気づいたら、
感謝と謝罪の気持ちでいっぱいになりました。
「ごめんね。」「そしてありがとう。」
この時はまだ、この反省がどこに向かうのか、全くわかりませんでした。
具体的に何かしようとも思っていなかったし。
でも今思えば、あの鏡の前での涙が、
全ての始まりだったのかもしれません。
ここから2年ほどかけて、
わたしは、自分の半生で見ようとしてこなかった
もう一人の自分と嫌でも向き合うことになります。
まだ、それまでの自分が「自分」だと信じていた頃の話です。

